プログラミング子育て論

プロセスは手段で目的は結果

プロセスは手段で結果が目的 小さなお子様だけでなく、大人の仕事の方法にも通じる部分ですが、 「プロセスが目的」になっていることがあります。 このプロセスが目的となった場合にどのような弊害があるのか。 また、意識的にこの状態を避けるためにどのような手段があるのか。 を今回は書きたいと思います。 まず、プロセスが目的になるとは簡単にいうと「結果はともあれ、努力したから評価してほしい」といった感情です。 これは結果を出すことが難しい領域においては建設的な意見に思えますが、私は反対します。 この「努力を評価してほしい」といった思考は本気で目的達成に向かって努力した人間からは出てこない発想だからです。 そもそも目標を達成するために「必要だから」努力をするのです。 つまり目標が低ければ努力する「必要がない」わけです。 日本の学校教育でこの手段を結果と錯覚させる事象はよくあります。 例えば、受験勉強では「1日〇〇時間勉強したから受かる」とか 部活では「毎日朝練したから絶対に本番で活躍できる」とか。 決して誤解してほしくないのが、努力を否定しているのではありません。 「楽をして、逃げないでほしい」というだけです。 プロセスを目的にした瞬間に思考停止して、とりあえず動き出してしまうということです。 僕は常日頃自分に対して「とりあえず頑張るは一番の逃げ」だと言い聞かせています。 その違いは、一か月後までに 「50mダッシュを100本走れ」と「50m走を6.5秒で走れるようになれ」だと思います。 おそらく、後者が目的になったときには どんな努力をするかを一生懸命考えるはずです。その手段が間違っているかどうかもしっかりと結果が教えてくれます。 このように私は努力(手段)を目的をする考えは、一般的な成功を勝ち取るために一番弊害となります。

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